キミは聞こえる
「ちょっ、ちょっと待ってよ代谷さん!」
引き留めようとする桐野の声を無視して泉は進む。
あいつの話を聞くのはぜったい時間の無駄だと思った。
けれど、桐野はなおもしつこく泉を呼ぶ。
「ねえ待ってって! 代谷さん!」
ちゃんと説明するからさ。
その一言にぴたりと足を止める。
振り返り、ホントに? と確認の意味を込めてじろりと駆け寄ってきた男を仰ぎ見る。
と、ほっとした顔で桐野は、話すよ話すから、と頷いた。
そしてこうも言う。
「用心深いんだね」
そういう一言が余計なのだ。
いちいち無駄が多い。一発で本題に入れ。
仲間を引きつけるご自慢のにこにこ顔も、このときばかりは鬱陶しい限りだった。
泉はなにも言わず、無言で先を促した。
「なにか言ってよ…。まあいいか。あのさ、覚えてないかな。二週間くらい前、橋の下で会ったこと」
「橋の下?」
あの鈴分(すずわけ)橋の下なんだけど――。
そう言って桐野は暗闇の真っ直ぐ先を指さした。
街灯に照らされてうっすらと、今は闇が横たわるだけの川の上にかかるコンクリートの輪郭が見える。
隣町と鈴森町を繋ぐ唯一の道。鈴分橋。
あいにく隣町に行く用事が今のところないためまだ一度も渡ったことはないけれど、学校への行き帰り、いつも横を通り過ぎるため馴染みある橋であることは確かだった。
その橋の下で泉は入学前に桐野と会ったことがあるらしい。