キミは聞こえる

 ――二週間前。橋の下……?

 泉は記憶をざっと遡ってみた。

 二週間前というと、まだ日によっては雪が宙をちらついていた頃だ。四月になっても雪が降るのかと毎日うんざりしていた覚えがある。

(あのとき橋になんか行ったっけ?)

 春休み真っ最中で、課題もなんなくこなし終えた泉は暇を持て余していた。一日中毛布にくるまりストーブの前から一ミリたりとも離れなかった。

『たまには外に出かけたら』

 友香にそんなことを言われたなと思い出す。
 寒いから嫌だと反発したら「子供は風の子でしょ」と無理矢理ひきずりだされた。

 多分、春休み家を出たのはあの日だけだったと思う。

 凍えそうになりながら一体どこに行ったのだったか。

(コンビニ、本屋、ドラッグストア……)

 橋なんて通っただろうか。
 いま歩いている道なら歩いたかもしれないけれどわざわざ下を通っただろうか。

「俺のサッカーボールが代谷さんの前で止まってさ、蹴ってって頼んだんだけど」
「サッカー」

 ボール。
 蹴って。

 ふいに、泉の鼓膜に少年の声が蘇る。


『すいませーん。それ、蹴ってくださーい』


 ―――――思い出した。
 桐野はあのときの上下ウィンドブレーカー姿の少年か。

「頭にタオル巻いてた」
「んー? あーそうだったかも。なに着てたかまではよく覚えてない」

 巻いていた。多分、黒いタオルを。
 そして蹴った。間違いなく蹴った。薄汚れたサッカーボールを気に入りのブーツで。

 あのときはたしか一通り店を回り終えて帰り道を歩いていたら突然雨が降ってきたのだ。小雨だったけれどそれはそれは寒くて、止むまで待とうと思い橋の下に降りたのだ。

 そのときころころと転がってきたのが桐野のボールだった。

 薄暗くて顔まで見えなかった少年がまさかクラスメイトだったなんて。


 鈴森町は―――というより、世間は案外狭いものだ。


< 22 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop