キミは聞こえる
「あのときさ、代谷さん俺のボール蹴ったらすぐそこの階段のぼって帰っちゃったっしょ。あれえ、俺なんか変なこと言ったかなって思って」
だけどどこの家の人かもわかんないし、見かけない子だったから他の人にも訊くにきけなくて。
だから俺、あれから毎日橋の下に行ったんだ。だけど一週間通っても会えなかったからさすがにもう無理だろうなって諦めてた。
そしたらまさか、入学式おなじクラスに座ってたからマジでびびったよ。
いたー! ってね。
桐野は顔のパーツすべてを使って驚いた表情を作ってみせた。
それにしても、桐野はあの薄暗い中、まして橋の下でよけい視界が悪くなっているときに短時間で私の顔を覚えたというのだろうか。
なんという視力の良さだ。いや、この場合動体視力か? あれ、夜目が効くか?
まあいい。
とにかく、かすかにも覚えていなかった自分が情けないことは確かだ。
桐野は続ける。
「学校で何度か声かけようとしたんだけど、代谷さんてなんか声かけずらい雰囲気持ってるっていうか、寄せ付けない空気まとってるっていうか。いつも一人でいるから話しかけちゃまずいかなって思ってなかなか訊くに訊けなかったんだ」
桐野の話を聞きながら、つくづく律儀な男だと思った。
橋の下で会ったときはまだまるっきりの他人だろう。
それなのに、ボールを蹴ったあとすぐいなくなったから心配で――などといちいち気にしているなんて、すこしどうかしてると思う。
人の良さは認めるけれど、間違いなく長生き出来ないタイプだ。
「聞いてもいいか?」
「なに」
「あのときどうしてすぐ行っちゃったんだ? 俺、なにか気に障るようなことでも言ったかな」
瞬間、ぐっと言葉に詰まった。