キミは聞こえる
 泉は返答に詰まった。

 なかなか痛いところを突くじゃないかこの男。
 人の気などお構いなしか。

 一方的に掴まれただけの握手を見つめながら泉はごにょごにょとこぼす。「…な、慣れてない、から」

「え?」
「だから、男子と仲良くするのが、わからない」
「えっ、だって中学……あーそういえば代谷さん、出身は女子校って言ってたっけ」

 泉は初等部から大学部までエスカレーター式の女学園に通っていた。

 物心つく頃には周りは徹底して女だらけで、男子と過ごすなど丸九年ぶり、幼稚園以来なのだ。それも、泉は年中組から入園したために実際は二年弱ほどしか男と同じ空間にいた記憶はない。

 小学校前の子供なんて男女をあまり考えないものだから、泉もまったく意識せずに過ごしていた。
 初等部に上がり、中等部へ進学。次は高等部だ、と。

 それがまさか、十五になってまた男と共に生活することになろうとは。

 このまま大学生になり、社会人になって、それから異性との付き合い方は勉強していくのだろうとぼんやり描いていた泉の人生設計はいきなり大きく崩れた。

 まだまだ先の話だと思いこんでいた泉は、勝手というか、接し方の基礎がこれっぽっちも備わっていない。

 桐野を前に、ひどく動揺するのも無理はなかった。

 いまと幼稚園では、いろんなことがまるで違う。
 みんな、声は低いし、男くさい。
 向こうもこちらもお互いいい歳であることは確かだし、幼稚園と同じ接し方でいいはずがない。

 けれど、それならどうやって周りと接すればよい?

 女子のクラスメイトとすら仲良くなれていないのに(それは泉自身の積極性の欠乏や面倒くさがりが大きく影響しているのだけれど)、しょっぱなが男子だなんて頭がどうかなりそうだ。

 誰か助けて、と叫びたい気分だった。

 しかし、そんな泉の苦悩をわずかにも酌み取らず、桐野は「なんだそんなことかぁ」と軽やかに笑った。
 腹の立つ男だ。

「仲良くするのなんて簡単だろ」
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