キミは聞こえる
「私らさ、あの勉強合宿のとき、泉にがつんと言われてから、反省したんだ」
「がつん、なんて言ったっけ?」

 ぞうきん用のバケツの水くみに行った佳乃が戻らないことを確認すると、千紗はぼそぼそと打ち明けた。

「ほら、栗原さんの財布なくなったとき、犯人栗原さんでしょって決めつけてる私たちに、泉、私はこの部屋の人全員疑うって言ったじゃん」
「あのときはさすがにかちんとしたけど、それって誰かを特別視したり、特別扱いしたりしないってことでしょ。私ら、泉は私らの味方だって勝手に思い込んでたけど、そうじゃなかった。だけど、栗原さんの味方ってわけでもなくて。あんなふうに堂々と言えるの、なかなか出来ることじゃないよね」
「そうかな……」

 よくわからないな、と思いながら苦笑を浮かべると、そうだよ! と勢いよく千紗は頷いた。

「ロビーでアイス食べてたときも、泉、すごかった。みんなと違ってた」
「なにが?」
「私たちが泉を引っ張って行こうとして、泉、足で止めたでしょ。栗原さんのこと、男子たちもいるのに呼んでさ。……怖くないの、あーいうこと」
「人目を気にせずはっきり物を言うってこと?」

 二人は頷いた。

「別に…怖くは、ない」
「嫌われちゃうかなとか、どんなふうに思われるかなとか、あとのこと考えない?」
「それよりも、泣かれたらどうしようって考える」

 え、と二人は間の抜けた声をこぼした。

 いまにも泣き出しそうな者を差し置いて周囲の心情や顔色をうかがっても、泉にはなんの得もない。
 だからといって、佳乃の肩を持てば得になるかといえばそうでもないのだけれど、

 ……いざ泣かれたあとのことを考えれば、秤にかけた厄介事の重量は、後者のほうが圧倒的に軽いはずである。

 どうせ面倒を被るのなら、軽い方がいいに決まっている。

 損得勘定は大切なのだ。

「恨まれたり、変な目で見られるのは嫌だけど、泣かれたら、いろいろと大変じゃない。気分も、悪いでしょ」
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