キミは聞こえる
 腑抜け。弱虫。八つ当たり。恥ずかしい。

 悠士の言うことはすべて今の桐野にぴったり当てはまっていた。

 わかっていても……否、わかっているから、声を上げずにはいられなかった。
 みっともなかったと、後悔すると、頭ではわかっていても、こみあげる苛立ちをぶつける以外に自身を宥める術が桐野にはなかった。

 どうしようもなく幼稚だ、と思う。

 一つ違うだけなのに、何故悠士と自分はこうも違うのだろう。

 六歳も年上の友香姉を我がものとするに至るまで、苦悩や苦労、困難、くじける思いに涙した夜はなかったのだろうか。

 いつだって冷静で、真面目で、一所懸命な悠士は大人子供に限らず女からの好感と信頼を集める。近づきがたいところを除けば、彼ほど堅実な者はいないからだ。

 そんな悠士だから、友香姉も心を傾けてくれたのか。悠士を選ぶと言って、微笑みかけてくれたのだろうか。

 悠士は、俺に、落ち着きがないから愛想をつかされると言っていた。
 ならば、俺も悠士のよう常に冷静を装って彼女と接し続ければ代谷は俺を振り向いてくれるのか。

 自分を殺して、嘘の自分で代谷の心を掴めと、そう悠士は言うのか……。

(そんなんで好かれても、俺は………)

 代谷と同じ想いを抱くことが出来たなら。

 それが俺の望みであることは確かだ。
 けれど、なにがなんでもいいから、代谷に好きになってもらいたいと思うのは、それは違う気がする。

 我ながら面倒なヤツだと思う。

 好きで好きで、どうしようもないくらいなのは確かなのに、彼女を手に入れるためならなんだってやろう、突っ走ろうとは思えない。

 代谷がもし短髪好きだったら、このうねうねした長い襟足も、ときおり目に入っては母親にうるさく言われる前髪も未練なくすっぱり切る。代谷がお菓子が好きだと言うなら、可愛いピンが好きだと言うなら、買ってあげたいし、祭に行きたいと言えば二つ返事で連れて行く。

 けれど。

 そういうこととは、違うと思うんだ。

 ……自分を偽りたくないと思うのは、駄目なことか。
 ありのままの自分を好いて欲しいと願うのは、わがままなのか。

 彼女に合わせて変えねばならぬのか……己までも……。
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