キミは聞こえる
 なにをすると、明確な仕打ちは思いつかないけれど、憤怒し、きっと制裁を加えてやる。

 だが、いまは小野寺のことではなく、佳乃本人に対して、泉の腹底はむかむかとしている。


「自分を卑下するのは、やめたほうがいい。そんなの、謙遜でも人のためでもなんでもない」


 小野寺のためを思って言っているのはわかる……わかりたくはないけれど。

 しかし、そんな理由で新しい世界に踏み出す一歩を引っ込めていたままでは、佳乃はいつまで経っても小野寺との進展を望めない。

 渡せない理由が、単なる恥ずかしさや、友達という関係が異性を意識したが故に崩れてしまうのを怖れることならば、どれだけ人間らしいだろう。

 佳乃に好かれることが、その相手にとって不利益になると、相手が勝手に思うのでなく、彼女自身が自覚していることが問題であり、そう自覚するよう佳乃をここまで追い詰めた見知らぬ人間たちにはらわたが煮えくり返る思いがした。


 彼女の味方であると、友達であると、周囲に認められることを嫌がっていた自分はすべてついさっき捨て去った。


 面倒などとは、口が裂けても言わない。


 佳乃の過去など、もうどうでもいいと思った。
 今の佳乃が、今のままでいてくれるのならば下手な詮索は要らない。

 彼女がまた理不尽な迫害を受けそうになったら、周囲が自分をどう見ようとも佳乃の手を離さないと誓う。


 だからもう……

 そのように、自分を傷つけるようなことを、言わないでくれ。


「しょうがないよ」

 すべてを諦めたように呟く佳乃の声にかちんとした。

「なにが、しょうがないなの?」

 つい声に力が入る。

 反対に、佳乃の声は怯えるように小さくなった。


「だって……私、きらわれてる、から」


 視線を落として、掠れた声で佳乃はそう言った。
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