キミは聞こえる
「泉ちゃん? 今いい?」

 美遥の声だ。

「ごめん、呼ばれたから切るね」
「えっ、あ、ああ……」

 そう言ってからも桐野はなかなか電話を切ろうとはしなかった。

 自分から切るのはなんだか気分が悪かったけれど、美遥を待たせるわけにはいかないと泉自ら通話を絶った。

「なんですか」

 ドアを開けながら尋ねる。

「もしかして誰かと電話してた?」
「あ、はい」
「あらやっぱり。ごめんなさいね、間の悪いときに来ちゃって」
「いえ。なんですか」
「あのね、今度のお祭りのミスコンテストのことなんだけど。内容のことは桐野さんちから聞いてるわよね。泉ちゃん、どうかしら? 参加してみない」

 泉はすこしばかり考えるふうを見せてから、首を振った。

「すいません。お祭りは、約束があって」
「誰かと一緒に行くの?」
「はい。だから、ミスコンテストは、ちょっと……」

 いかにもがっかりという顔をして美遥は「そう、残念ね」と呟いた。
 
「でもそれならしょうがないわね。ちなみにその子って、男の子?」
「はい」

 すると途端にぱあっと顔色を明るくして、「どんな子?」と食い付いてきた。

「どんな子って……あの、桐野君ですよ。桐野進士君」

 美遥は口許に手を添えて声を上げた。

「まあっ! 泉ちゃんと進士君はいつの間にかそんな仲だったの?」

 そんな仲って……。

「お祭にあまり行ったことがないんだって話したら、案内してくれるって」
「あらそう」

 にこにこ顔の美遥はすごく楽しそうである。別に桐野とはそういう関係ではないのだけれど。

「あの、それでお願いなんですけど」
「あら私に?」
「はい。この間、黒の浴衣を選んだんですけど、ピンクに戻してもらえませんか?」
「デート用ってことね。わかったわ。入れ替えておくわね。実は私もね、泉ちゃんには黒よりピンクだと思ってたのよ。でも泉ちゃん黒って言って聞かないんだもの。そうよね、やっぱり女の子はピンクよピンク。ピンクをどうどうと着れるのは若いときだけよ。まぁ歳を取ってくるとわりとなんでも着れちゃうけど、やっぱり十代が盛りよね」

 うきうきと美遥は軽い足取りで一階へと下りていった。

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