キミは聞こえる
 部屋に戻り、ピアノの蓋を閉めて勉強机に向い合う。宿題は終わっている。テスト範囲のテキストも終わって、丸つけまで完璧だ。あとは不安に感じる箇所をピックアップしてノートにまとめるだけである。
 
 が、作業に取りかかろうとしたそのとき、落ち着きを取り戻しつつあった胸がふたたび騒ぎ出した。

 おかげでどうにも手に着かず、気づけばシャーペンを持っていた手には携帯が、さらには桐野の番号を呼び出していた。
 親指を受話ボタンに乗せたまま、固まる。

(……なんて理由をつけて電話すればいいの)
 
 小野寺のことは訊いた。佳乃のことは友達だと言われた。
 ならばもう、これといって訊きたいことはない。

 ……はずなのに、指も目も携帯から離れようとしない。

(ただなんとなく電話してみた、でなんとかならないかな)

 ……それが許されるのは桐野だけか。

 自分はやつのそういうところが好いていなかったはずだ。これという理由もなく名前を呼ぶのが許せなかった。

 だから、プライドの問題として、泉がやるわけにはいかない。

 なにか口実になるものはないかないかと探し――そうだ、ピンク! と思いつく。

 美遥に了承をもらえたことを報告すればいいのだ。
 泉は意気揚々とボタンを押した―――けれど、

「あれ、通話中…?」

 繋がらなかった。

 一度切って、少し待って、もう一度押す。

 ………またもや話し中。

 三度目の正直と思い、今度はもう少し長めに間を取って、もう一度掛かけてみた。

「やっぱり話し中か」

 三度駄目だとさすがに諦めが付く。誰かと話し込んでいるのだろう。友達が多いヤツは夜も忙しいらしい。

 短く息を吐いて携帯の電源を切る。

 後ろのベッドに放って、泉はシャーペンの頭をかちかちと押した。教科書とテキスト、テキストの解答冊子を広げてノートに題を書き込む。

 いつもならその作業の間に頭が勉強仕様に切り替わるはずが、そのときはいつになく頭に入らず、何度も消しゴムの世話になることとなった。
< 379 / 586 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop