キミは聞こえる
「おまえ……あんな勝手なことして許されんのかよ」

 階段の前に立っていたのは先ほど別れたばかりの桐野だった。

 桐野の声には僅かに、だがしっかりと、失望の響きがあった。

「見てたの」
「ちょっと来い」

 腕を掴まれ、抵抗する間もなく強い力で引きずられる。

 アパートから離れ、通ったばかりのあぜ道まで戻ってきたところで桐野は止まった。

 振り返った桐野の表情は険しかった。

 あんなことをした直後ということもあり、後ろめたさから泉は目が合った瞬間に顔をそらした。

「昨日の電話って、こういうことだったのか?」
「……?」

 桐野の質問が読めなかった。

 視線を彷徨わせる泉、ふいに桐野は深く息を吸い込んだ。

 それを、元々肺にあったものまで全部吐き出すように桐野は肩を丸めた。

「……おまえの言う同類って、設楽みたいに待ち伏せすることと同じ、人の道から外れた行為に手を染めるってことだったのかよ!?」

 瞠目した桐野の目は僅かに血走っていた。

「ちっ、違う! そんなんじゃない! 私のやったことは確かに人道を逸脱した行いだったと思う。だけど、電話で話したことはこういうことじゃない」
「じゃあどういうことなんだよ! さっきのあれはなんだったんだよ! わかるように説明しろよ、なあッ」

 烈しい剣幕で桐野はまくし立てる。

 怒号に近い荒々しい言葉が降りかかり、勢いに気圧されて、自然、後退っていた。

「……」

 唇を噛む。

 もういっそ言ってしまいたい、と思った。

 桐野になら秘密を打ち明けても、きっと沈黙を守ってくれるだろう。


 ……だが、言えなかった。
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