キミは聞こえる
 声のほうへ首を捻ると、泉のすぐ後ろ、清楚な身なりをした女の人が立っていた。

 歳はだいたい四十五前後というところだろうか。生え際の白髪が目立ちはじめている。目尻のシワと法令線の影具合からもそのあたりが妥当だろう。

「私……ですか?」
「あなた、もしかして代谷理事長のお孫さん?」
「いえ……孫は私のはとこです」
「あら、そうだったの。ごめんなさい」

 構わない。よく間違われるため慣れている。

「失礼ですが、どちら様でしょうか」
「私、矢吹の母です。同じクラスの、矢吹典永(のりひさ)」

 矢吹と言われて、とっさに誰かわからなかった。

 が、泉の頭はめずらしく、すぐに"これ"という一人の少年の顔を記憶の中から引きずり上げた。

 ……そうだ、私をサッカーボールの餌食にしてくれたあげく激突した胸をおんぶで押しつぶそうとしたとんでもない野郎のことである。

「ああ、矢吹君の」

 自然、笑みが固くなる。

「代谷泉です。矢吹君にはサッカーの授業でいつも助けていただいてます」

 すらすら心にもないことを言って頭を下げると、何故か興奮した声が降ってきた。

「まぁっ、まぁまぁまぁ、やっぱり桐野さんが仰っていた通りだわ」
「……桐野君のお母さんが、何か?」
「理事長のお家によく出来た娘さんが越してきたって自慢げに話されていたものだから、一度よく見てみたくて。この間の保護者会の日は授業参観でもあったでしょう? 出来る限り急いで行ったんだけれど、着いた瞬間にチャイムが鳴ったものだから教室の中ごちゃごちゃしちゃってて」
「は、はぁ……」

 あまり期待を持たせないでくれ桐野母。褒めるなら息子を自慢しろ。

「そういえばこんなところでどうしたの? チームに知り合いでもいるのかしら」

 グラウンドを横目に見て、矢吹の母は尋ねた。

「いえ、そうではないんですけど」
「子供が好きなのかしら? ―――あら、ちょっとごめんなさいね。電話だわ」
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