キミは聞こえる
 今日は休みでいつもより利用客が多いため機械が回っているが、平日ともなると、切符は駅員が受け取る決まりである。

 両の手いっぱいに荷物を抱えた娘二人が、券を差し入れるのに難儀しているのを見かねて、四十手前というくらいの眼鏡の駅員が、どうぞ、と手を差し伸べてくれた。

 すみません、と頭を下げて外に出る。

 友香の携帯が鳴った。
 
「……なんか、ヤな予感がする」 

 はい、と受話ボタンを押してしばらく経たないうちに、友香の表情が翳りを帯びた。

「呼び出し?」
「そう」
「じゃあ行って。荷物は私が持って帰るよ」
「無理でしょ」

 たしかに家まではなかなかの距離。

「まぁなんとかなるよ」
「無理でしょ」

 決めつけている。

 みんな、私には体力がないと決めつけている。

「よりによって父さん、母さんと出かけてるしなぁ」
「途中途中休憩しながらなら大丈夫だと思うから。ほら、バス来たよ」

 病院行きと書かれているからおそらく友香の病院に向かうのだろう。

 ベンチに腰掛けていた老人たちが立ち上がる。視線を向けた友香が、あ、ほんとだ、と呟いた。

 泉は強引にはとこから荷物を奪い取る。

「心配ないから。無理だったらタクシー拾う。その分はあとから請求いたしますので」
「しっかりしてるわ。じゃあ悪いけどお願いね」

 うん、と頷くと、友香は閉まりかけたドアになんとか滑り込んだ。

 バスを見送って、さて、と泉は両手だけでなく、さらに抱えるまでになった荷物の山を膝を使って持ち直す。

 前方がよく見えない。

 かなり危険な状態だが、いつまでも駅の真ん前に突っ立っているわけにもいかなかった。

 帰ろう。

 一歩を踏み出した、そのとき。


 あの、と背中に声がかけられた。

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