キミは聞こえる
「……」

 無言のまま泉は足を止める。

 ナンパか? だったら相手を変えてくれ。

 本当に用がある者なら、振り向くのが無理なことを察して自ら回り込んでくるだろうと思った。

 果たして声の主は泉の前へぐるりと回ってきた。

「代谷さん、だよね? だいじょうぶ?」

 男の声に聞き覚えがあった。

 腰を曲げて荷物の奥、男の顔を窺う。おっ、と思った。

「矢吹くん」

 児童相談所勤めの母を持つ、クラスメイトの矢吹典永(のりひさ)である。

部活の帰りだろうか、ジャージー姿に、縦長の大きな鞄を肩から提げている。

 問いかける眼差しに気づいたのだろう、練習試合だったんだ、と矢吹は言った。

 そして、何故か友香に渡された荷物を下ろしながら、

「多分、代谷さんが乗ってた電車と同じ電車に乗って帰ってきたんだ。誰かと一緒みたいだったけど、理事長の孫って人?」
「そう。……あの、ところで」

 いったい、なにをなさっているので? 

 断りもなく友香の荷物を指に引っかけている矢吹を見て、泉はやや怪訝な顔になる。

「大変そうだったから、半分持つよ。家、帰んでしょ? 俺もだから」
「いや、いいよ。部活帰りで疲れてるのに」

 遠慮して、矢吹の手から荷物を取り返そうとする泉を、いいっていいって、と矢吹は制す。

「後ろから見てて、なんか危なっかしいから」

 ……決めつけている。

 みんな、私が体力不足だと決めつけている。

 ここまで見事に決めつけられると、もはや開き直りたくなる泉であった。

「年のわりに体力がないものだから」

 ぷっ、と矢吹は吹きだした。

 あげく、だろうなって思った、と失礼にも程があるだろう発言をはっきりと返した。

 並んで歩き出す。
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