キミは聞こえる
「あなたも、この町の人ではありませんね」

 唐突に、それも決めつけるような言い方で、男は泉に話しかけてきた。

≪代谷≫
「生まれも育ちも鈴森町ですが、なにか?」

 我ながらなかなかの演技っぷりである。堂々と、あたかも事実であるかのように嘘を返す。

 男の眸が探るように泉を見つめる。

 だがそれは3秒と保たないちょっとの時間で、勘が鋭いのか、男は自らも目の前の少女から何かを"読み取られている"と感じたのだろう。

 微笑を浮かべると、そうですか、と頷いた。
 
「でしたら駅までの道を教えていただけませんか」
「私を追いかけて来た道をそのままお戻りになって、コンビニのある角を東へ向かってください」

 皮肉のつもりで言ってみたが、男は表情を崩さずに丁寧に礼を述べた。

「失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「名乗るほどの者ではありませんので」

 行こう、と桐野の袖を引っぱって足早に男から離れる。
 振り返ろうとする桐野に首を振り、黙々と二人は足を動かした。

「あ、兄貴」

 前方からやってくる軽快な駆け足の音。

 Tシャツにジャージーで、ランニングだろうか。

 桐野と同じ部活でも、弟のように無駄のない悠士の帰宅は早い。

 自主トレであろうか、立派なことだ。

 と、思いながら近づいてくる悠士の手元を何気なく見やり、ん? と泉は小首を傾げる。

 明らかに彼のではないだろう深紅の革財布を、悠士は持っていた。

「いいところに来た」
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