キミは聞こえる
 片側の隣の席が無人となり――だからというわけではないけれど――窮屈さから開放されたように、泉は息を吐いた。

 人々に囲まれていれば、そのぶん心を繋ぐ危険は増える。

 一番後ろの席故に常に背後は無人だが、三方を囲まれているだけでも今の泉にとってはとてつもなく息が詰まる状況であった。

 ふいに視線を感じて目を向ければ、もろ泉の方へ身体ごと向けている桐野と目が合った。

「なに?」

 声を落として尋ねると、

「あのさ――」

 音を立てずに、桐野は大胆にも椅子ごと泉の席に近づいてきた。

 肘をついて、泉以上に声をひそめて桐野は訊いた。

「朝礼で、設楽となんか話してた?」

 開きかけた口をつぐみ、泉は手にしていたシャーペンをノートに走らせた。

『あのことで、ちょっと』

 とても声には出せない内容――つまり泉と設楽に共通する特殊能力についてのことだろうと桐野は素早く察し、腰を捻って己の席からシャーペンを持ってくると、同じように筆談を始めた。

『ちょっとって?』
『書けば長くなる』
『気になる。くだらないことじゃないんだろ?』

 泉が躊躇っている間に工藤が教室に戻ってきた。

 勉強の妨げになることを案じた桐野が、それとわかるほど泉に心を残しながら素早く自分の席に戻ろうとするのを工藤は、そのままでいいから、と制し、

「桐野、何番だった?」とついでのように尋ねる。

 うきうきしているところを見ると工藤はなかなかの順位に食い込めたのだろう。

「ぎりぎり二桁」と苦笑しつつ打ち明ける桐野、「おまえは?」と流れとして訊き返すと、工藤はうれしさを押し隠した表情で「六十」と応えた。

 すっげぇ、と感心する桐野に泉はどこがすごいのかと思う。

 まぁ、工藤の中では相当いい順位なのだろう。めでたい男だ。


『あいつになにかされたの?』

 挨拶のようなやりとりが終わると、筆談が再開する。
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