キミは聞こえる
 視線を絡ませ微笑み合う恋人たち。ほっと眉を下げて口角を緩める泉の大切な人。

 それぞれに泉を必要としてくれているとわかる表情が、残酷なほど彼女の心を追い詰める。

 泉を失いたくないと胸を病ませてくれていたからこそのこれら穏やかな表情。
 手塚と同じ、泉を欲してくれる人たち。泉を求めてくれる人たち。

 彼らからは白々しさもぎこちなさも作った様子も微塵も感じられないのに、この校舎だけが泉にたいしてひどくそっけなく感じられてならない。

 そう思い始めれば、この空も、風も、町並みもすべてが泉によそよそしく思えた。



 おまえの居場所は、本当にここでいいのか?



 耳に残る手塚の言葉。

 居場所。

 途端にその言葉の意味がわからなくなる。

 泉がいたいと望む場所が、本当に正しい場所? それとも、泉が将来のためただがむしゃらになれる場所?

 それはそのまま手塚の言うまやかしの情と現実、どちらを選ぶかというものだと泉は思った。

 以前までの泉なら迷うことなく後者を選択しただろう。

 しかし今、目の前の大切な人たちの笑顔を見てしまったらもう、心は振り子のようにぐらぐら揺れて、定まるところが見えない。


 私は、いったいどうすればいいのだろう。


 グラウンドでホイッスルが鳴った。

 試合が終わった合図なのか、やべ、という顔のサッカー少年二人組。

 水道の上に置いていたタオルを引っつかみ、じゃあな、と佳乃に声をかけて小野寺は走り去っていった。それを桐野が追いかける。

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