さよなら、もう一人のわたし (修正前)
第十三章 父親
 「お父さんいないの?」

 あたしに投げかけられたのはそんな些細な言葉だった。

 あたしはいないと返事をした。

 彼女に悪意はなかったのだろう。

 分かっているから辛かった。

 彼女は今にも泣きそうな顔をしてこう言ったのだ。

「かわいそう」

 と。

 あたしはそんなことを言われると思っていなかったので、驚いて彼女を見た。

 あたしはそのとき知った。

 お父さんがいないことはかわいそうなことだったのか、と。

 今から考えると、彼女の母親が娘の前で言ったのだろう。

 子供はすぐ真に受けるところがあるからだ。

 あたしはそれ以来だろう。

 人に対してちょっと踏み込めない気持ちを抱いていたのだ。
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