さよなら、もう一人のわたし (修正前)
 尚志さんが傘をあたしに押し付ける。

 あたしがそれを受け取らないと、あたしの掌にその傘をねじ込んできた。

 傘の柄の部分が雨なのかぐっしょりと濡れていた。

「尚志さんは?」

「いいよ。これくらいじゃ風邪ひかないから」

「あたしも」

「君が風邪をひくと、伯父が困るだろう? だからだよ」

 あたしはその言葉を聞き、素直に傘を自分の体に寄せた。

 あたしたちは前方が見えなくなるほどの激しい雨の中を歩き出す。

 傘を持つあたしの五十センチほど前方を尚志さんが歩いていた。

 彼の髪の毛が雨にあっという間に塗れ、しんなりとなっていた。

 彼の顔が見えないことが、彼の心の声が聞こえないことがもどかしくて切ない。

 あたしは唇を噛み締めると、彼の後を追うようにただ歩き続けたのだ。
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