天空のエトランゼ〜赤の王編〜
「赤星君」

僕の名を呼んで、少し濡れた目で僕を見つめる絵里。

(違う…)

僕は心の中で思った。

学生の頃と同じ…あどけなさが残っている訳ではない。

やはり…彼女は少女じゃない。

大人の女特有の蒸せた臭いに、混ざる妖気。

(フェロモン…いや、媚薬か!)

頭の奥がとろけるような感覚に、全身が麻痺していく。

(だがな!)

僕は、痺れだした腕を何とか動かすと…爪で自分の肌を引っ掻いた。

傷口から、血が滲み出す。

バンパイアにとっての媚薬は、女の匂いではない。

血だ。

自らの血の匂いを嗅いだ瞬間、僕の瞳は赤く光った。

口許に笑みを浮かべて、絵里を見た。

「!」

赤き瞳に射ぬかれた瞬間、絵里の全身に恐怖が走った。

圧倒的な魔力に、飲み込まれそうになった。

「ああ…」

瞳が赤くなっただけなのに、さっきとはまったく別の存在に変わったことを…絵里は理解した。

だけど、絵里は恐怖を感じなかった。

ただ…嬉しかったのだ。

同じように、人間ではなくなった…知り合いがいたことに。

「あ、赤星君…」

絵里が、僕に向かって手を伸ばした時には…もうそこにはいなかった。

「君に…訊きたい。どうして僕が、同じだと思った?」

いきなり、背後に現れた僕に、絵里は驚いた。

「!?」

絵里は慌てて、振り向こうとしたが、動けなかった。

僕の手が、絵里の腕を取り…さらに体を密着することで、動きを封じていた。

「誰かにきいたのか?だとしたら、そいつらは一体…」

問いただそうとした時、突然…絵里の肌の質感が変わった。

柔らかく、ぬめりを感じる肌は、腕を取っていた僕の手を滑らし、飛び出すように僕から離れた。

「こ、これは…」

ベタついた透明の物体が、手についていた。

「最初の変化は…高校二年の終わりだった」

五メートル程、離れたところに絵里は立っていた。

その姿は、人間ではなくなっていた。
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