黒猫前奏曲
「マリアちゃん、私のおごりで彼に珈琲を持ってきてくれないかい?」

マリアの気持ちに察したのか、中山は小声でマリアに言う。マリアは返事をし、すぐに佐藤から距離を取った。

マリアも心中で中山にお礼を述べ、慌てて席を立ち、高沢に珈琲を注文する。

高沢から珈琲を受け取るまで、マリアは佐藤の様子をこっそり盗み見ていた。

誠実そうな男性である。中山とも真剣に何か話しているようで、高校生と大学生の差を改めて思い知らされる。

「マリア、できたぞ。持って行け」

高沢に珈琲を渡され、中山の元へ持って行くと、

「ありがとう、マリアちゃん」

とお礼を言い、中山が受け取ると、佐藤の前まで珈琲カップをずらした。

「今日は私のおごりだ。ここの珈琲は絶品だよ」

中山から渡されたカップを手にとり、佐藤は珈琲を一口含んだ。

「――美味しい」

佐藤は驚きのあまり目を丸くして中山の顔を見た。

「こんな美味しい珈琲は初めてだ。やっぱり素敵な人が淹れる珈琲は特別に美味しいのかな?」

佐藤はマリアに振り向き笑った。美味しいという讃辞が何よりもマリアの心の中に響いた。

「ありがとうございます。でも、珈琲はマスターである高沢が煎れたものですからね」

高沢が素敵だと言われ、なかなかあの顔や性格、態度から想像できず、笑いが漏れてしまう。
でも、なんだかんだ言っても高沢のことが好きなマリアにとって、高沢のことを悪く言わない佐藤にマリアは少しだけ警戒を解いた。

「ボス、良かったね。“素敵な人”って言われて」

高沢に向かってマリアが告げると、高沢は照れているのか目線をそらせぎこちない口調で、「ありがとな」と小さく呟いた。

マリアは、なかなか見ることのできない高沢を見ることができ、ニンマリと微笑んだ。

それに気づいた高沢はマリアを睨むが、顔の赤い高沢に睨まれても全く怖くはなかった。

佐藤も最初は慌てていた様子であったが、最後には話しの流れに合わせるように高沢に賛辞を送っていた。
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