黒猫前奏曲
「帰ってきたか、看板娘」

チリン、と軽快なベルの音と共に小柄な少女がズカズカと入ってきた。

「どうして私が…」

ぶつぶつと文句を言いながらも高沢の声かけを無視して高沢の前を通りすぎていく。そんなマリアに癒やしの声がかかった。

「マリアちゃん、そんな顔をしていたら可愛い顔が台無しだよ」

ふとカウンター席から聞こえてきたのは、中山の声だった。

「中山のじーちゃん、来てたの!?」

先程の声が嘘のように明るくなり、マリアは中山のもとへ向かうと、店員であることも忘れ、中山の隣りの席に座る。

「久しぶりだね、中山のじーちゃん。忙しかったの？」

中山の顔を覗き、伺いながらマリアは尋ねる。

「心配してくれるのかい？マリアちゃんは優しいね。ちょっと、学生の卒業論文が本格的に始まってしまったからね」

少し疲れているのか、目の下のクマが目立つ。

「大丈夫？あまり無理しないでね」

「あぁ、自分の身体のことは自分が一番よくわかっているよ。マリアちゃんは本当に優しいね」

優しいと言われるのは恥ずかしいが、それでも嬉しい。特に、中山のじーちゃんに言われることはことさらに嬉しいと何度でも思ってしまう。

「中山教授、やっと見つけました」

ドアベルを遮って、男の声が聞こえ、マリアたちに近づいてくる。

「おや、佐藤くんではないですか。何かありましたか？」

中山もわかったのか、佐藤を手招きする。

「マリアちゃん、こちらは私の卒論の研究生の佐藤くんだ。佐藤くん、こちらはこの店の店員のマリアちゃん」

中山によって初対面同士の２人は挨拶を交わす。だが、マリアの笑顔はどこかぎこちない。

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