ロンドン バイ ナイト
 劇場主のステッキが床を打ち鳴らす音を合図に、処刑執行人達は少女に襲い掛かった。

 脚を縺れさせながらも必死に逃げ回る少女を執拗に追いかけ、ドレスを引きちぎる犬。

 時折その牙が少女の白い肌を引き裂き、鮮血が舞台に散る。芸術家気取りの連中の落書きとは違い、その赤い模様はとても美しいものだった。

 薄いドレスは噛み付かれるたびに引きちぎれ、その素肌が徐々に露となっていく。新鮮なその興奮を、ここにどうやって記せばいいのだろう!

 しかしながら惜しむらくは、あの少女、メアリの姿を二度と見ることがかなわないことだろう。

     一八八八年 八月三〇日 トマス・ミレットの日記
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