幾千の夜を越え
『本気の覚悟が出来たなら、
もう一度此処へ来いよ。
お前の前世に対面させてやる』

もう一度あの場所へ行き
あの男に会わなければ。

形振り構っていられないのも
藁にもすがりたいというのも
確かに事実なのだが…。

不思議な予兆があった。

さっきまで活性化していた脳さえ思考を中断し寝不足続きも重なりいつの間にか心地好い眠りへと…堕ちて行った。

波間を漂う様な微睡みの中で
俺は聞いていた。

「慎右衛門…
此れが最期なのであろう?」

震える声で恐怖をひた隠し強がる胸を締め付ける声。

「もう良いのじゃ…
慎右衛門は誠ようやってくれた」

その胸を揺さぶり狂おしいまでに気丈に振る舞う声の主を見ようと意識するが鉛と化した重い瞼が、それを阻止する。

「もう余の為に苦しむでない…。慎右衛門は慎右衛門の道を行け」

熱い鉛を飲み込んだ如く
言葉が出ずに息苦しい。

「余は慎右衛門が居て幸甚じゃ。…文献では余の想念を恋慕というらしい…恋慕とは…滑稽な…」

伝えたかった。
内なる想いの丈を。

伝えてはいけないことを
互いに理解しているのに。

隠しきれない畏怖の念を
受け止めてあげたかった。

「慎右衛門…最期に…余の名を」

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