金魚玉の壊しかた
「一応、礼を言っておくよ」

私は苦笑しながら言った。

「手当てしてくれて、ありがとう」


まあモテるホレるは別にしても──

行動は突き抜けているようだが、いずれにせよ、悪い人物ではなさそうだと私は判断した。


「そこの戸は、修繕してもらうぞ。その約束ができるかね?」

「あ? ああ」

「武士に二言はないな」

「ねえが……」

「七ツ頃までだったね」

「え?」


私は立ち上がった。

再び作業中の絵の前に戻り、座って──


それこそ青天の霹靂のようなこの男に、微笑みかけた。


「私はどのみち朝まで作業するつもりだし、ここにいたいのなら勝手にいたまえ」


円士郎は一瞬大きく目を見開いて、それから何とも言えない顔で私を見つめた。


「……あんた、モテるだろ」

「はあ?」


私が彼に対して思ったのと同じ言葉を相手の口から聞いたものだから、私は頓狂な声を上げてしまった。


「俺はあんたと話していて、何だか男同士でいるような感覚だったんだが──今の笑顔はぞくりと来たぜ。

意識してなかった分、不意打ちで女っぽく見えるとヤバいな」

「……褒め言葉と受け取っておくかな」


そう答えて筆を握りながら、何だか可笑しくて私は笑った。


「何だよ?」

「ふふ、私も君に対して似たようなことを思った」

「へえ」

「不意打ちの優しい態度はずるいな、女はすぐ落ちるぞ」


この男と私が似ていると虹庵が言ったのは、まさかこういう意味ではないだろうが……。

こんな話ができる者も悪くはない。

なかなか面白い男のような気がした。
そう言えばこいつも私のことを面白いと言ったのだったか。


やれやれ、これでは本当に似ているみたいじゃないか、と思った。
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