金魚玉の壊しかた
彼の風評はともかく、結城家の御曹司ならばそれは申し分ない相手ということにはなるのだろうが──


「いや、ないな」

思わず声に出して私は呟いた。

「ないのですか」

母上がガックリした声を出して、

「ええ、はい。ありませんね」と、私は言い直した。


もしも彼が私を女として扱って接してきていたのならばともかく、彼の私に対する態度は一貫して男と接する時と変わらないそれであり──

嬉しくもある反面、

それは彼との関係に、男女の進展は全く見込めないことを予感させた。


私も確かに彼には強烈に惹かれた。
だがそれは色恋ではなく、私は単純に結城円士郎という人間に惹かれたのだ、と思う。


「ご内儀の言う通りだ。
この際、お家の借金を肩代わりしてくれるならば、どこかの商家でも構わん。
町屋暮らしをしておるなら、せっかくのその器量を生かして大店の息子でも捕まえんか」

話を聞いていた叔父はそんなことを言い出して、

「何を申されますか叔父上! この雨宮の家から、商家に嫁ぐ者など出したとあっては末代までの恥となりますぞ!」

激昂した様子の兄がそれに食ってかかり、

「馬鹿者! そんな贅沢を言っておれる身分か! お家がどういう状態かわからぬワケでもあるまい!
お父上のしたことをようく考えてみるのだな!」


完全に不毛な言い合いが始まったのを見て、私は溜息を吐いた。


ああ──面倒くさい。


たまに帰ってみれば、しがらみだらけ。

これが武家というものかと、私は心底辟易して──



気楽な長屋に舞い戻り、気分直しのために絵に没頭しようと、

その夜は絵にする鶏をさばいていた。



そんな日に──




私はその男と出会った。


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