壁の向こう側
壁の向こう側
私は兄の部屋に辿り着く。
私の部屋で鳴らしたCDの音が
隣りの兄の部屋まで漏れる。
昔を思い出す。
「この壁って厚いから
音なんて漏れないんだ」
「そうなの」
「気にせず、音楽を鳴らせ」
自慢して。
いまから思うと嘘。
壁はほんとうは薄い
気がついていたけれど。
いまも私の部屋から
音楽が漏れている。
私は兄の部屋で聞いている。
"Good-by"
フレーズが流れる。
最近好きな曲だった。
さようなら、か。
壁を触れる。
兄さんはいない。
結婚式を迎えるために
あわただしくしているし
同居もはじめているから
ここにいない。
結婚が決まったというのに
つい先ほど大喧嘩をして
別れようというところまで
行ったという
そんなメールがやってくる。
三日前の出来事。
大丈夫よね。
考えながら
部屋をみつめて
壁に指でなぞる。
兄さんの結婚前に
兄さんが私に
告白したことを思い出す。
告白といっても
愛のあるものじゃない。
兄さんがこの部屋から
私の喘ぎ声を聞いたということ。
「悲しかったよ
 ずっと、耐えなければ
 ならなかったし」
そういうふうに
言った。
壁は薄いから
聞えてしまったのだろう。
私の始めてを兄さんは知っていた。
驚きはしない。
それは聴いても何も思わない。
兄さんに
告白されたことだけをいま
想って壁にもたれていく
私は愛の告白をされたかったのか?
たぶん、YesでもありNo。
「YES」
口は言う。勝手に。
急に頭が痛くなる。
吐き気がする。
私は耳を壁に着けると
幻聴が聞える。
自分の喘ぎ声。
兄さんも聴いていたのだろう。
耐えていたと言った。
私も兄さんの結婚のことを
耐えている。
私は手をかんでいく。
かんだせいか
血が出る。
私たちはいたみを持って
今でも想っている。
でも夢を見ないけれど
理不尽だと思う。
血や細胞が近いのに
離れているように感じてしまう。
忘れがたいために
私は自慰をする。

持っているものを
すべて投げ出しても
いいなら、兄さんに
ついていく

そう想う。
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