種のない花(15p短編)
種のない花
 二年半付き合った彼女と別れた。
 理由は、俺に精子がないから。




「ウソだよね、こうちゃん……そんな冗談、面白くないよ」


 ちゃかすような口振りとは裏腹に、彼女の笑顔は引きつり、小さな両手を胸元で強く握り合わせている。
 彼女がどんな言葉を望んでいるか、知っていた。

 けれど俺は、それとは正反対の結論を繰り返す。


「嘘じゃねぇよ。飽きた。つまらないんだよ、お前、マグロだし」


 左頬の衝撃と同時、校舎裏に乾いた音が響く。

 彼女は泣いていた。
 泣きながら、俺を置いて走り去る。

 夏休みを目前に控えた、初夏の出来事だった。



 彼女との出会いは、記憶にない程幼少期まで振り返る。

 我が家の向かいに、若夫婦が越してきた。
 これが、俺が産まれる二年程前の事。
 うちの親と年が近かった事もあり、旅行に行けばお土産を渡す程度に、友好的な関係を築く。

 それから約二年後、俺、長谷川孝太が産まれる。
 追いかけるように、半年程して梨果が産まれた。
 柿本梨果。
 後に、「お前の名前は食いもんばっかだな」と散々からかいの種になるのだが、その話は別の機会に。

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