あたしが眠りにつく前に
「似てる、かな? ううん、あたしの方が似せてるんだよね」

 本の中で微笑む少女も、栗毛色の長い髪をたなびかせている。彼女みたいな美人ではないけれど、似ていると昔に言われて嬉しかったっけ。髪を伸ばしだしたのも、そんな簡単な理由だった。

 貴女に、なりたかった。貴女そのものになりたいのとは違うが、貴女のように生きられたらと夢見ていた。

人生に苦難も悲劇も当たり前。特殊な境遇に置かれた貴女は、人一倍戸惑って悩み抜くことでしょう。

それでも貴女の人生が、『幸せに暮らしました』の一言で締めくくれたというのなら。詳細が描かれずとも、総合的に幸せだったのなら。それで、いいじゃない。

 大切な人たちと過ごす時間は、その幸せの条件。至るまでに多くの時間と物を失っても、最後には約束されたとっておきのハッピーエンド。ご都合主義な物語は現実に身を置く自分には、遠くて眩しい。

「あたしも、そんなハッピーエンドを迎えられたらな」

 ドアの隙間から、バターの香りが漂ってくる。好意的に思えるのは、作った人物と好物の要素への弱みからだろう。

 珠結は本を閉じると、裏表紙の僅かな凸部分をカバーの上から撫でた。そして上体を乗り出し、本棚に戻す。

机の上にはペン立てや時計といった、最低限度のものしかない。部屋の中も同じく、十代半ば越えの女子の部屋とは思えないほどにガランとしている。

戸棚の中も、誰に見られても恥ずかしくないぐらいに整理してある。物が入れば問題無いばりのズボラさは、前日の珠結の骨を折りまくった。

 重要な‘あれ’も、机の一番上の引き出しの奥にセット済み。準備は、万端だ。

必要な下準備は、一通り完了した。あとは、待つだけだ。

 どうしても叶えたい願いがあり、誓いを立てた。

今はまだ無理でも、誓いを実行する時は遅かれ早かれやってくる。必ず、成就させるために妥協はしない。

 ‘その時’が来て、誓い続けて願いが叶うのに、どれだけ時間がかかっても。ひたすら、待ち続けよう。知る由の無い願いを抱え続ける、彼のように。



 そう、決めたのだ。


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