あたしが眠りにつく前に
 綺麗な瞳をしている。初めて会った時にそう思った。脅えながらもおずおずと手を伸ばしてくる瞳には、目を奪われそうな程に輝く光があった。

それから共に過ごしてきて、単純に綺麗と呼べる代物ではなかったことに気づかされた。瞳の中に垣間見える光は憂いや哀しみ、決意に応じて色と光度を増した。

そして自分のためと言いながら、実際はあたしのために尽くす眼差しは息を呑むほどに強くて揺るぎなかった。

 “帆を高く掲げて、どんな困難にも恐れずに前に進んでいけるように”

 名前は人を表す。そう、なんて君にふさわしい。あらゆる困難を耐え抜いて、どんなことも乗り越えてみせる。今までもこれからも、その瞳なら確約する。

 どうか、その瞳を捨てないで。願うは、彼の幸せを。誓うは、この身の欠片をもって誰かの幸せを支えること。

黄色のカードを手に取ったのは、見知らぬ誰かの命を救いたい。そんな崇高な願いからではない。閉じゆく世界に踏み出しかけて壊れゆく体では、何もできることは無い。だから、幕を閉じた後で誓いを果たす。

死にたくない、生きたい。そんな私利私欲も便乗している。身勝手な企みを神様は聞き入れてくれるだろうか。でも、そんなに悪い取引ではないでしょう?

 そろそろ母が帰ってくる頃合か。もう時間が無い。一人になる時間を作るために、買い物に行ってもらっていた。イチゴオレを頼めば、「だと思った」と笑われた。これが飲み納め、心して味わわなくては。

好きなものを絶つのは願掛けの定番だ。無力なあたしには、こんな簡単なことしかできない。終わってから、誓いは始まる。そのためには無限の眠りではなく、刹那の幕引きをください。後払いで、しっかり返してみせるから。

 便箋をしまいかけ、ペンを握り直す。ひらめきという大層なものではないが、心に思うがままに。書き上げたものは、手紙とは呼べないメモ書きのような粗雑な代物だった。

 多くを語らずして、伝える。秘密を携えながらも、多くを共有して分かり合う。あたし達の関係性が如実に表れているではないか。ふふ、と笑みがこぼれる。

100%ではなくとも、何を言いたいのか望んでいるのか。分かるはず、君ならば。たとえその場で読み取れなくとも、いずれは辿り着けるでしょう。その瞳を、逸らさない限り。

 便箋を一度折り、開いてから写真を上に乗せる。大丈夫。どんなに悲しくて辛くて逃げたいと思うことが起きても、人は何度でも立ち上がって笑えるから。この時の、君のように。

光を、消さないで。封筒に納め、裏表紙に軽く貼り付けてカバーで覆う。

 隠すのならば、書く必要などあったのか。見せるつもりで書いたのではなかったのか。具体的にどうしたいのか、自分でも分からない。

あたしとしては、解放のつもりで書いた。しかし読みようによっては、束縛のようにも受け取れる。後者で誤解しないとは思う、だがもしもと疑心暗鬼にもなる。書き直そうにも、あれよりも思いを的確に示した言葉は見つからない。

 伝えたい、でも見られたくない。矛盾した思いが頭の中でぶつかり合う。つまりは、どちらでも構わないということだろうか。強引に結論付ける。

あえて本人に渡しはしない。手に渡るかどうか手紙に気づくかどうか、全ては運に任せよう。読まれないまま朽ち果ててゴミになっても、それはそれでいい。

 読もうと読まなくとも、君は大丈夫だ。未来を、生きていける。ただ、読んだからには応えてみせて。“あたしのため”に。
< 282 / 284 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop