秘密な基地
いつもなら、
台所を忙しそうに
朝食を作る姿があるはずなのに、
この日は、ぼんやりと
居間のソファに
腰をおろしているのです。

「母さん何やってんの、
 早く朝めし作ってよ、
 父さんも帰ってきちゃうよ。」

よく見ると、
ユウコの肩が小刻みに
震えていました。

「ちょっと前に、
 父さんの消防署から
 電話があってね…。」

声も震えていました。

「父さん、火事の現場で、
 消化活動にあたってたんだけど…。」

そう言うと同時に、
ユウコの目から、
涙がこぼれました。

 父のノブオは、
昨夜遅くに、
アパートの消火活動を
行っていましたが、
まだ逃げ遅れている
五才の女の子がいる事を知ると、
真っ先に燃え盛る
アパートの中に
駆け込んでいきました。
何とか女の子の元へは
辿り付けたものの、
炎はますます建物中に
広がる一方で、
退路は塞がれていました。
最後の手段でした。
ノブオは女の子を抱えながら、
窓ガラスを破って
三階から飛び降りました。
ノブオに包まれるように
抱かれていた事で、
女の子は、ノブオの体が
クッションになり、
無傷で生還する事が
できたのです。
しかし、ノブオは
全身に重度のやけどを
負っていたのに加え、
落下した時の
全身打撲がひどく、
救急車で搬送中に
息を引き取りました。

 父ノブオの死を
知らされたタケシは、
部屋に閉じこもると、
机に顔を伏せ、泣きふけりました。
その伏せた顔の下には、
昨夜書き終えたばかりの
作文が涙に濡れていました。

「こんなものーっ。」

タケシは、作文を
クシャクシャに丸めて、
部屋の片隅に投げつけました。
もう、将来の夢なんて
どうでもよくなっていました。

 そのまま、朝から泣き続け、
お昼にさしかかっていましたが、
いっこうに腹も減らず、
それよりも、いても
立ってもいられず
家を飛び出しました。
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