かえりみち
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夕方。
幸一の病室には、卓也が来ている。

「・・・明日だな。」

「はい」

さっきあんなに柔らかなメロディーを奏でていたとは思えないほど、カチンコチンに力の入った卓也の肩を見て幸一は苦笑した。

「そんなに気を張るな。肩の力抜いて」

「はい。」
言葉とは裏腹に、全く肩の力は抜けていない。

まぁ無理もないけど。

「…さっきの君のチェロ、涙が出るほど美しかったよ」

卓也がきょとんとする。

聞こえてたよ。
というか、病院中に聞こえていたよ。

卓也。君は素晴らしいチェリストだ。
でも、君がチェロを弾くために必要なことが、あと一つある。
君は、まだそれに気づいていないみたいだけど、ね。

「批評家はあら探しが得意だし、聴衆は気まぐれだ。芸術家は常に、自分がやりたいことが人々に受け入れられるか、不安に思うものだ。でも、世界でたった一人でも、自分の演奏が好きだと言ってくれる人がいるなら。それが、弾き続ける力になる。わたしにとっては、歩がそうだった。」

幸一は卓也に暖かいまなざしを向けた。

「君にもきっと、そういう人がいるはずだ。」


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