僕等は彷徨う、愛を求めて。Ⅱ


――ソラ。


去年の6月に生まれた、あたしと彗の弟。パパと、緑夏ちゃんの子供。


あたしと彗は、分娩室の外で黙って座っているだけだったことを思い出す。


だけど、強く祈っていた。


緑夏ちゃんも赤ちゃんも健康体で、あとは無事に生まれるのを待つだけだと言われていたのに、予定日より早く破水して、陣痛が始まっただけでものすごく焦って、慌てて。


無事に。ただそれだけを祈って、学校を早退して急いで病院へ向かった。


分娩室の外まで漏れる緑夏ちゃんの声を聞きながら、『頑張れ』それだけを、繰り返していた。


産声が聞こえた時の感動は、なんとも言えない。一瞬固まって、それでも二度三度と続く産声に、涙が出た。



――ガラッと教室のドアが開く音に顔を上げて、教師が号令を促す。


起立と礼を終えて椅子に腰かけると、あたしは机の下で携帯を操作し、今日何度目か分からない宙の寝顔を盗み見た。


『名前はもう決めてあるんだ。――宙。宇宙の宙で、ソラ』


あたしの凪は、風がやむということ。風がやみ、波がなくなり、海が静まる。


彗は、智慧光の「慧」の上部分を取ったんだとパパに聞いたことがある。


生きとし生けるものの、無知の闇を滅する、阿弥陀仏十二光のひとつ。光り輝くその様を太陽系の小惑星、彗星に例えたから、彗と名付けたんだと。


海と宇宙の間にある、空。あたしと彗に挟まれながらも、あらゆるものを包容する広い心の持ち主になるように。


新しい命は、宙と名付けられた。


彗の名前がある宇宙から1文字取ったとか、宇宙の宙は地を表すから、凪の近くだよとか。


わけ分かんない理由もあったけど、3人兄弟っぽいなぁ、と嬉しく思わないわけじゃなかった。


……親バカにもほどがあると思ったのも、本当だけど。


生まれたばかりの命と、宙を抱く緑夏ちゃんと、宙に触れるパパを見た時。あたしは、この家族を守りたいと思った。


まだ自分だって子供だし、胸に秘めた想いは完全に消えてないけど、ドロドロした感情はなくなった。


ただ3人を見てると微笑ましくなる。嬉しいと思う。


経済力とかそんなものもないけど、漠然と、だけど心の底から、守っていこうと思ったんだ。

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