空をなくしたその先に
隣の椅子に腰をかけたイレーヌは、
優美な動作で足を組んで、車窓の流れる景色に目を向ける。


「私、血のつながった家族を別として、
人を愛するということを知りませんの」

「……でも、結婚していたのでしょう?」


カーマイン商会の女主の伝説は、ダナだって知っている。


「政略結婚ですもの。

ある程度成功をおさめた男性が次に欲しくなるのは、若くて美しい妻でしょう?

できればそれなりの家柄の」


自分の美貌を否定することなく、イレーヌはさらりと言ってのける。


「私はマグフィレット王国の下級貴族の出ですの。

かろうじて王宮への出入りが許される程度の、ね」


昔を懐かしんでいるのか、イレーヌの目が遠くなった。


「有力者に見初められた姉が、悲惨な結末を迎えたのをそばで見ていましたから。

最初から王宮での生活は諦めていましたし。

私にとっても夫からの結婚の申し込みは、願っていたとおりのものでしたの。

少なくとも富とそれによる権力は、手に入れることができますものね」

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