追憶のマリア
「全裸でプロポーズ?」


 京子が意地悪に微笑んだ。


 多分それは…彼女の照れ隠し。


「生まれたままの姿でプロポーズ」


 俺はすかさず言い返した。


 京子はクスクス笑って


「ほんと口が減らない。」


 と言いながらベッドから降り立ち浴室へ向かった。


「30手前の可愛げない女刑事を、若く有望な捜査官がもらってやんだぞ!少しは感謝しろ!!」


 俺は京子の背中にそんな言葉を投げつけた。


 京子はクルリと振り返り、壁に右手を軽く添えた格好で、


「ありがとう。」


 と微笑んだ。


 その姿はとても美しくて、眩しくて、俺は思わず目を細めた。


 そんな俺をよそに、


「一生大事にしてよ。」


 と付け加えて京子はまた身体をひるがえし、俺に背を向け浴室へ消えた。


「年も上なら態度も上だよ…」


 俺はフッと失笑して、傍の棚の上に置いてあったタバコを手に取り、その中の1本をくわえて火をつけた。









 京子には双子の兄がいた。


 そして京子の兄もまた、潜入捜査官だった。


 でもある日突然、連絡が途絶え、行方不明になった。


 死体となってどこかに埋められてるとか、悪の組織に寝返ったとか色んな噂が流れたが、京子は5年経った今も、兄の生存を信じている。


 いつか再び、何食わぬ顔で自分の前に現れると信じていた。


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