自分探しの旅
無雲の偽者が掛け軸に手をかけようとした時、事の次第を察知した宗純は、それよりも早く、硬直して動けなくなっている円心の手から掛け軸を抜き取った。

「おのれ、小僧。」

 偽者はそう言うと、ふところから黒い数珠を取り出すと手を合わせ、真言を唱えだした。低いその声はかつて円心が葛城山の霊場で聞いた声だった。宗純は必死に掛け軸を守ろうとするがその声の前に動けなくなってしまう。

「いかん。」

 無雲は土足のまま本堂へ上がり込むと、急ぎ袋から何やら取り出した。

「兄者。このようなまねはしたくなかったのじゃが、仕方あるまい。」

 そう言うといつぞやの小笛を取り出してふき始めた。兄弟の死闘はすさまじかった。兄の低い真言に、弟の高い笛の音がからみつく。気と気は、火花のようにぶつかり合う。それはまさに竜虎の戦いを彷彿とさせた。宗純は掛け軸を持ったまま、身動きもとれずその場に立ちつくしている。
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