自分探しの旅
 その声の主は、心の暗闇の中、若い女性の姿をうつし出していた。美しいその潤んだ瞳は、観音像を思わせる神々しさがあった。

『あなたはいったい・・・』

『そう・・・わたしは千二百年後の来世のあなたです。』

『・・・』

 それは何とも摩訶不思議な感情だった。今し方京介という来世の自分に巡り会えたと思いきや、今度は『もう一人の自分』と向きあっている。京介はその姿を、円心の心の目を通して見ていた。

 笛の音が止まった。京介は再び現実へと引き戻された。だが、部屋に満ちていた至福の感情は、しばし余韻を残したままだった。しばらくして龍仁は小笛を見つめ大きく一つ深呼吸をすると、無言のままそれを神主に差し出した。
 神主は小笛のことを龍仁たちから何か聞いたわけではなかった。しかし彼は事の成り行きを見て、こう言った。

「いや、これはあなたのものです。小笛は美しい音色を奏でてこそ生かされる。少なくとも本当の持ち主も、あなたが持っていることを喜んでくれるはずです。」

 思いがけない神主の言葉だった。龍仁は込み上げてくるものに言葉を詰まらせ、頭を下げて小笛を受け取った。
 部屋を出ると、春のすがすがしい陽気があった。境内の大木の小枝には若葉が芽吹いていた。

「ねぇ、せっかくいらしたんだから温泉に入っていきません?」

「うん。じゃあそうさせていただくよ。」

 龍仁の表情には何か吹っ切れたような晴れやかさがあった。
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