自分探しの旅
お堂の中へはいるとピンと張りつめた空気が漂う。見ると数人の行者がすでに行に入っていた。護摩炊きをしている者、座禅を組んでいる者、曼陀羅に向かって何かを唱えている者。それぞれが想い想いの行をおこない、自分の世界に入っていた。よく見ると格好もまちまちである。山伏の格好の者もいれば、円心と同じように黒の法衣を着ている者もいる。
もともと修験道は日本独自の古神道に端を発しているが、仏教に対しても寛容であった。そしていつの間にか神仏混合の新しい姿の修験道が形作られたのである。そこには宗派どうしの対立などなかった。あるのは自己の飽くなき探求心だけであった。円心は自分の居所を得たような気になった。
もともと修験道は日本独自の古神道に端を発しているが、仏教に対しても寛容であった。そしていつの間にか神仏混合の新しい姿の修験道が形作られたのである。そこには宗派どうしの対立などなかった。あるのは自己の飽くなき探求心だけであった。円心は自分の居所を得たような気になった。