君の瞳に映る色
それから、と出て行きかけた柊の
背中に菖蒲が声を掛ける。
柊は菖蒲の方に向き直った。
「…おじい様のとこには絶対に
行かせないで」
冷たく深い怒りを滲ませた菖蒲の
瞳に柊は一瞬悲しい顔を見せた。
言うだけ言って机に
伏せてしまった菖蒲は
それに気付かない。
柊は目を伏せると、
かしこまりました、と丁寧に
頭を下げて部屋を辞去した。
柊がこの屋敷に勤め始めてもう
40年近くが経とうとしている。
もちろん菖蒲も子供の頃から
知っている。
下働きとして屋敷に入り、暁生に
気に入られて秘書として
働くようになった。
貧しく高校に行く事すら
出来ないで働いていた柊に暁生は
色んなことを学ばせてくれた。
自分より2つ下とは思えない
くらい暁生は色んなことを
知っていて驚くほどなんでも
器用にこなす男だった。
次々と新しい戦略を打ち立て
会社を大きくしていく暁生の隣に
いるのはとてもおもしろかった。
しかしそれと同時に自分には
そんな器量はないと思い知った。
自分は裏方に向いている。
表舞台で輝く暁生を見て嫉妬が
ないことはなかったが自分には
自分の向いている仕事を
見つけようと思った。