淡い満月
 
 
普通の人なら今までの生活に戻るんだろうけど。

私は――…



「戻るつもりなかったから…何も考えてないです。」



入院して何かが変わることを望んだわけではない。

体が治るにつれて、現実への不安が募っていく。




「俺は大切な人がいるから、会いに行くよ。」

「彼女ですか?」



「うん。死にぞこなったし。」



私ってわがままだ。

彼の口から、彼女とか死とかいう言葉は聞きたくないなんて。



「いいな、大切な人がいて。」

「小波さんも俺の大切な人だよ。」




一瞬、気のせいかと思った。

そんなこと言われるわけない。






「…大切な人だよ。」



だけど、もう一度聞こえる。



彼も私を見ていて、その顔はどこか寂しげだった。
 
 
 
< 22 / 63 >

この作品をシェア

pagetop