とんでも腐敵☆パートナー
「一人じゃ無理だろ」
 
 いつの間についてきたのか、背後から朽木さんの声がした。顔を真っ赤にして紐を引っ張ってる最中だったあたしは、驚いた拍子にバランスを崩して尻餅をついた。
 
 むぎゅ。確かに、湿った砂に埋もれたボートは、さっきから30センチも進んでない。
 簡素な作りなんだけど、二人用の大きさは伊達ではないらしく、見た目よりずっしり重かった。
 
「無理っぽい」
 
 尻餅ついたまま、頭上の朽木さんを見上げ、へへっと笑う。
 
 もうグラサンは着けてない。いつもの端正な顔。そういえば、さっき外してからずっとそのままだったっけ。祥子を診察する朽木さん、カッコよかったなぁ、なんて思う。
 
 朽木さんは無言でボートの紐を引っ張り、あたしは立ち上がって、ボートを後ろから押した。
 
 さすがに男手は頼りになる。共同作業により、ボートはあっとゆう間に陸に上がった。
 
 続いて空気を抜こうと、栓を掴む。と、
 
「いたっ」
 
 親指の指先に小さな痛みが走った。
 
「ありゃ」
 
 見ると、爪の先が割れている。さっきボートを引っ張った時にやっちゃったっぽい。縦に白い筋もできていた。
 
「どうした?」
 
 朽木さんがあたしの手元を覗き込んで訊いてくる。
 
「爪割れちゃった。あうう。これじゃネイルできない」
 
「よく真水で洗っておけ。ネイルなんてしてたのか?」
 
「うすーいピンク。時々するんだよ」
 
「着けてるのか着けてないのか分からん化粧に意味があるのか?」
 
「微妙なピンクが可愛いの! 女の子のお洒落が分かんない攻め男は黙ってなさい!」
 
 キッと朽木さんを睨んで言う。
 
 男ってのは、どうしてこう乙女心を解さない奴らばっかなのか。
< 115 / 285 >

この作品をシェア

pagetop