とんでも腐敵☆パートナー
「そうですね。最初は知らないことばかりで戸惑いましたが、今では随分と慣れました」
 
「どういった物を作られるのかしら?」
 
「簡単な物ばかりですよ。和風なら肉じゃが、洋風ならピカタ、といった具合ですね」
 
 この時にはもう、この女がどういう展開に話を持って行こうとしてるのかおおよその見当はついていた。
 
「肉じゃが? ピカタ? あまり聞き慣れないものばかりねぇ……。ごめんなさい、物知らずで。それはどこの国のお料理なのかしら?」
 
 肉じゃがを知らないお前こそどこの国の人間だと言ってやりたいが、真面目に相手をするのも馬鹿らしい。
 
「さぁ……料理の本でも読んで勉強してください」
 
「そうね。明日メイドにでも訊いてみるわ。それにしても――冬也さんって、変わったお料理がお好きなのね。こういったお食事は口に合わないのではなくて?」
 
 くすり、と嘲りの笑みを口許に浮かべてワイングラスを傾ける。
 
 そのあからさまな敵意と独創性のない攻撃は滑稽すぎて逆に憐れにすら感じる。
 
「そうでもないですよ。何でも食べる主義ですし」
 
 俺は笑みを返しながら言った。
 
「庶民派、ということかしら。やはり食の好みにも生まれと育ちが表れるものね」
 
 徐々に言葉の棘が増していく。細めた目に底意地の悪い光が宿る。
 
 最早体裁を取り繕う気もなくなったらしい。この際どこまで調子に乗れるものなのか、このまま放置して見てみたい気もするが。
 
 
「蓮実」
 
 
 神薙からの、静かだが重い一声が会話を切った。
 
 途端、時が止まったかのように神薙蓮実の口は動きを止める。ビデオの一時停止画面さながらに全身を硬直させる。
 
 神薙の鋭い視線はその一言のみで言わんとすることを明確に告げていた。
 
 
 ――私の前で見苦しい真似はするな――
 
 
 絶対的な抑制力。
 
 神薙の持つ威圧感は、当然の如く妻をも屈服させていた。
 
 俺は何食わぬ顔で、再び食事の手を動かし始める。
 
 神薙蓮実は押し黙り、取り澄ました顔を繕うことに専念し始めた。
 
 奇妙な沈黙が流れる。
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