206[短編]
 息を吐き、右手で軽く拳を作ると、ドアを叩くことにした。そこは友達の住む部屋だったからだ。

 だが、返事どころか物音1つ聞こえない。


 不審に思い、携帯を取り出し、時刻を確認する。

 今は彼女との待ち合わせ時刻の五分前だった。

 まだ、眠っているのだろうか。そんな考えを抱き、彼女の携帯に電話をするが、電源が切れているのがつながらな かった。

「夏江のやつ」

 呆れた気持ちで、ため息混じりにそう呟いたとき、頬に冷たいものが触れた。

 その存在に導かれるように、アパートの廊下から空を見上げる。先ほどから雲行きが怪しかった空が、より重みを増した雲に覆われている。その重みから逃れるように空から無数の雨粒が一気に降り注いでいた。


 今、典子が立っている通路の部分にも屋根はあり、少々の雨なら濡れる心配はない。


 だが、その日は風が強かったこともあったのか典子の肌に冷たいものがしきりに触れる。
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