約束
 彼は大きな日焼けした手を顎に軽く当てると、何かを納得したのか、小さな声でうなずいていた。

「君が田崎さん?」

 すっと彼の口から私の名前がつむぎだされる。その言葉はあまりに自然で、ボーっとしていると聞き逃してしまいそうだった。

 どうして私のことを知っているんだろう。私は彼のことを知らないと思う。
 だが、そこで首をかしげる。

 本当に知らない?

 心の奥にそれが本当に引っかかる。どこかで彼を見たことがある気がしたのだ。だが、その記憶を探ろうとしても、そのありかを見つけることができない。

「そうです。田崎由佳です」

 彼は優しく微笑む。その笑顔が優しかったからなのか、辺りにふんわりとした空気が漂うのが分かった。見ているだけで笑顔になってしまうような雰囲気を持った人だった。

「じゃあ、邪魔をしたら悪いから今度にしようかな。またね、由佳ちゃん」

 見ず知らずの、すごく綺麗な男の人に名前で呼ばれ、戸惑っていたが、彼はそんな私にもう一度微笑んだだけで背を向けてしまった。そして、その姿が次第に遠ざかっていく。

「何だったんだろう」

 彼から名前で呼ばれたことと、もう一つ。心の中に蘇った言いようのない感情。懐かしくて、悲しくて、それでいて心の大事な部分を包み込んでくれるのではないかと思うほどのあたたかい記憶、だ。
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