危険ナ香リ

もし、アタシが





 それからは泣いていた記憶しかない。


 声もあげないで、ただひたすら泣いて。


 そんなあたしの隣で、祐は何を言うこともなく、そこに座っていた。




「……早退しようか」




 祐の言葉に素直に頷いたのは、こんな酷い顔を誰かに見せたくなかったから。


 ……それから、佐久間先生に会いたくなかったから。


 祐がカバンを取りに行ってくれて、それから手を引かれて一緒に帰った。


 無言だった。


 お互いに何も言わず、ただ歩くだけだった。




「恭子」




 顔を上げたくなかったから、上げなかった。




「……俺は、幸せになれない恋なんてしても意味ないと思う」

「……」

「だけど、」




 あたしは顔を上げなかった。




「恭子が笑っていられる恋なら、してもいいんじゃないかなと思う」




 ……笑うことはしなかった。


 佐久間先生の前で笑ったことなんて、あまり記憶にない。


 ただ、佐久間先生の前で泣いた記憶ならある。


 泣いて、怒って……そんな記憶しかない。


 笑うことはあまりなかった。


 ……だけど、居心地はよかった。




 そんなことを思いながら、家の中に入ってきた祐に何も思うこともなく、部屋に向かう。


 部屋の中に入ってからも、ずっと、祐は側にいた。


 時折あたしの涙を拭きながら。

 そして時折、あたしの頭を撫でながら。


 そんな祐を佐久間先生と重ね合わせ、タバコのニオイを探して目を閉じた。




―――― そこからの記憶が、ない。




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