365回の軌跡
その3日後、吐血した佐々木さんは病院へ運ばれ、入院となり、その更に3日後に息を引き取った。
「呆気なかったです、本当に。」
線香を上げに来た私と黒沢さん旦那さんは俯きながら話す。
「妻は何も言わず、一人で苦しみながら逝きました。私はやはり何も出来なかった」
畳の上に旦那さんの涙が落ちる。亡くなられてから数日、旦那さんは泣き暮らしているのだろう、目は伏せたくなるほど腫れていた。
「ご愁傷様です。ウチの宮川はじめ、スタッフ一同も佐々木さんからは沢山のことを教わりました。」
黒沢さんが頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそお世話になって…あ、そうだ!ちょっと待っててください!」
そう言うと旦那さんは隣の部屋に消えた。
「いいお顔ね。」
黒沢さんが遺影を見て言う。亡くなる少し前に撮った写真だろう、とてもいい笑顔だった。
「これ、宮川さんに」
旦那さんが一枚の封筒を持って私に渡した。
「これは?」
私は中に入っていた紙を取り出した。一枚の写真だ。あの中央公園で撮った時の。
「公園に行った次の日に現像してこいって言われましてね。私と宮川さんと…あと遺影に使う一枚分の三枚って」
「え?」
私は顔を上げる。
「妻は知ってたみたいです。自分が助からないのも。だからあの日、とても喜んでました。もう思い残すことは何も無いって。」
私は再び写真に目を落とす。遺影と同じ笑顔の佐々木さんの顔が不意に滲んだ。涙が零れる。佐々木さん…知ってたんだね…。
「医者に言ったらびっくりしてました。こんなに癌が転移して痛みがひどかっただろうに、公園に外出出来たなんてって…」
旦那さんの顔が泣き笑いでぐちゃぐちゃになる。黒沢さんも鼻を啜っていた。
辛かったんだ…苦しかったんだ…痛かったんだね…。なのに笑顔を見せてくれていた。ありがとう、佐々木さん…。
「本当に、お世話になりました」
旦那さんが深々と頭を下げる。
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