365回の軌跡
その日から私は毎日仕事の時、その傘を持って出勤することになった。高いと知ってから適当には扱えないし、いつあの人と会えるか分からないからだ。そして仕事が終わると用がない限り、あの人が傘を貸してくれたあの場所に立った。晴れてる日でも傘を持ち歩いてる私に最初はみんな不思議に思った。私がワケを話すとみんな納得していたが。
「沙紀ちゃん、どうしてこんなお天気良いのに傘を持ち歩いてるんだい?」
「ああ、この傘、この前知らない人に借りてね、調べたらすごい高い傘だったから返さなきゃいけなくて。でもその人になかなか会えないんだよね」
私はウメばあさんの家を雑巾で拭きながら答える。
「そうか、そんな高い傘を貸してしまうなんて、せっかちな人だな~。男の人か?」
「うん、若い男の人」
ウメばあさんはシワの刻まれた顔を更にクシャッとして笑う。
「ならそこからその人と恋するなんてのも悪くないね」
「…」
麻耶と同じこと言ってる…。麻耶は歳とったらウメばあさんみたいになりそうだ。
「沙紀ちゃん、彼氏ができたらばあさんに教えるんだよ?しっかり品定めしてあげるから」
「分かったよ、当分先だろうけどね!」
ウメばあさんはまたクシャッと笑うと、緑の葉を沢山付けた庭の木を見上げる。
「沙紀ちゃんはしっかりしてるから、きっと良い人に巡り会えるよ…」
それだけ言うと、ウメばあさんは庭掃除に行ってしまった。
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