365回の軌跡
家に上がると、豊田さんは泣きそうな顔で椅子に座っていた。
「ど…どうしました?」
ただならぬ感じに私は咄嗟に聞いた。
「歳のせいだろうけど…最近すごい忘れっぽいの。今宮川さんも思い出せなかったわ。私、それが怖くて…」
豊田さんは私を見る。
「私、自分のことも忘れないわよね?息子や…孫のことも忘れないわよね?」
豊田さんは不安そうに訊いてくる。
…そうだよね。不安だよね。私は息を大きく吸うと、豊田さんを真っ直ぐ見て、微笑んだ。
「豊田さん、笑って?」
豊田さんは不思議そうに私を見る。
「いいから、笑ってみて?」
私は笑いながら、豊田さんに促す。
「…こぉ?」
豊田さんはぎこちなく、でも笑顔になってくれた。
「大丈夫だよ。」
私は体の小さな豊田さんと屈んで目を同じ位置にする。
「大丈夫。今は物忘れがあったとしても、豊田さんが向かってるのは未来だから。過去のこと考えてクヨクヨするより、少し先のこと考えてワクワクしよ?私もそうする!で、どうしても怖くなったら今みたいに笑お?」
豊田さんを見てたら自然と言葉が出た。自分で言って、自分で初めて気付くことって…あるんだな。
「ありがと」
豊田さんは私の言葉にニッコリ笑ってくれた。
「いい言葉だわ。私これから宮川さんの言ったこと肝に命じるわ。もし私、万が一よ?宮川さんを忘れちゃうことあっても、今の言葉は忘れない」
豊田さんはそういうと更にこぼれそうな笑顔を見せてくれた。
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