ロ包 ロ孝
「解りました。それが坂本さんの絶対条件という事ですか?」

 表情はそのままで核心を突いてくる。しかしそこは譲る事が出来ない最低のラインだ。

「言ってしまえばそういう事になりますね」

 俺と根岸の交わす視線が火花を上げた。こちらも人生が懸かっているのだし、引く訳にはいかない。

張り詰めた空気が暫くその場を席巻したが、根岸は諦めたように溜め息を吐いた。

「承知しました。その条件をお飲み致しましょう。では、その他の待遇などはご契約頂く時にでも」

「解りました。宜しくお願いいたします」

 そう返事はしたものの、これから始まるエージェントとしての生活がどんな物か、皆目見当がつかず不安が募る。

全てこちらの条件通りに事が運んでいるのも、逆に腑に落ちない原因のひとつだった。


∴◇∴◇∴◇∴


「おはようございます」

「ああ、おはよう!」

 あれから俺は、毎朝の挨拶を欠かさなくなった。朝一番に声を出すのは結構病み付きになる。

 祖父との修練の為に空けていて久し振りに出勤した会社は、しかしいつもと変わらずに俺を受け入れた。

腕に書類の束をかかえ、忙しく行き来する社員達。

鼻唄を歌いながら、のんびりモップ掛けをしている掃除のおばちゃん。

心なしか会社の中がいつもより明るく、眩しく感じられた。それはこの数週間の内、確実に訪れる『日常との別離』を儚んでの錯覚だろうか……。

そこにひとり、特別忙しそうに歩いている男が通り掛かった。

「おお、栗原君!」

「おはようございます主任、お久し振りです」

 急に呼び止めたにも関わらず、彼は笑顔を向けてくる。

「おはよう。実は聞いて貰いたい話が有るんだが……」


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