王国ファンタジア【氷炎の民】
「それより上を使いな。その髪はどうもいけねえ。あんたらしくねえよ」

 居酒屋の主人は上を指した。二階には酔いつぶれた客や泊り客用の部屋がある。
 サレンスは自分の黒く染まった髪に目をやったが、ゆるく首を振った。

「そうしたいが、ゆっくりしてもいられない。王都に行かなくてはならないんだ」
 
 それだけの説明で主人は事情を察した。

「なるほど。じゃ、あんたが召集に応じたわけか。ま、当然と言えば当然か」
「ここにも召集が?」
「ああ、隣村の奴がだれか行ったはずだ。しかし、ドラゴンはかなり厄介らしいな」
「何か聞いているのか?」
「もちろんだ。俺を誰だと思っていやがる」

 どんと分厚い胸を叩く。

「こういう商売していると噂はいろいろ入ってくるぜ。どうもあちこちに出没しているみたいだな。王都もけっこうな被害にあったらしいぜ」
「王都であれば精鋭の部隊が常駐していたはずだ」
「まあ、そうだろがな。ずっと平和だったしねえ。ましてドラゴン相手の演習なんてしてなかっただろうし。何とか追い返しただけでもたいしたもんじゃねえか」
「なるほど」
「じゃなきゃ、わざわざ地方から戦い手を召集したりしねえだろ。あいつらだって矜持ってもんがあるだろうからなあ」
「だろうな」
「ま、あんたならドラゴンなんてあっさりやっつけちまうんだろうが」
「さあ、それはどうだろうな」

 サレンスは口元に薄く笑みを刷く。どこか凄艶な微笑であった。

「狩りは何が起こるかわからない、そうだろう?」
「だな」

 店の主人はちょっと懐かしむような目をして傷のある右腕を叩いた。
 吹雪熊の鋭い爪で切り裂かれたそれは腱が切れ、日常生活はともかく狩猟に出ることはできなくなった。

「俺だってこんな体になってなかったらなあ。あんたについていくんだが。おっと、急ぐんだったな」
「ああ、山越えをしたい。いい案内人を紹介して欲しい」
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