王国ファンタジア【氷炎の民】
 村の近く、力が届く距離に来てようやくサレンスは足を止めた。
 すでに背負っていた荷物は振り捨てている。
 燃え上がった村から吹く熱風が頬をあぶり、長い黒髪を巻き上げる。
 村を燃やしたと思われる翼あるものの姿は見えない。
 上がった息を整えながら、サレンスは精神を集中させる。

「サレンス様」

 後から追いついてきたレジィが声を掛ける。

「下がっていろ」

 短い答えが返ってくる。
 凛と伸びた背中に極度の集中を悟ってレジィは息を飲む。

(火を一気に消すつもりなんだ。無茶だよ)

 いまや劫火と化した炎は村全体を包んでいる。これを消すには一人の<氷炎の民>の力ではいくらなんでも無理がある。それはまだ力を封じられているレジィですら本能的にわかってしまう。

(でも、とめられない)

 優しくしてくれた居酒屋の主人の顔を思い浮かべながらレジィはそう思う。きっとサレンスにはまだこの村にもっと親しくしていた人がいたはずだ。この炎の中に逃げ遅れていたら。助ける力がありながらやらなければ、一生後悔することになるだろう。

(なんだかんだ言っても、自分しかできないことはきっかりやる人だから)

 すうっと深呼吸をしたサレンスの両腕が広げられる。

「来たれ、我が元に」

 彼がそう命じた瞬間、炎はまるで意志を持つ生き物のように形をとり、サレンスを取り巻いていく。炎のまばゆさと熱気にレジィと雪狼は後退せざるをえないが、サレンスは微動だにしない。いや、炎に身をゆだねているかのようにも見える彼は、心地よさげな微笑すら浮かべている。
 村を包んでいた劫火は奔流と化してサレンスのもとに押し寄せ、凝集し白熱の輝きを放つ。

 そして。

「消えよ」

 開いた腕を閉じ、まるで炎を身のうちに取り込むような仕草をサレンスがしたとたん、白熱の輝きは消えた。
 後に残った焼け跡から白い煙が燻っている程度だ。
 ほっとサレンスは息をつき、その場に崩れるように膝をついた。
 ふわりと舞った髪が銀に光る。炎の中、髪は本来の色を取り戻していた。

「サレンス様っ!」

 あわててレジィと雪狼が彼の元に駆け寄った。


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